誕生日あんまりうれしくない…。
2年前の誕生日にFacebookを観た職場の人からお祝いされ、
焦ってあらゆるSNSで誕生日を非公開にした。
「おめでと~!で、何歳なん?」
と言われて苦い気持ちになるのがめんどくさくて、
歳を取ることを嫌がるなんてダメなんやろな~とも思うけど
価値観はなかなか変わらないですね。
おばさんになれば鈍感になるっていいますよね。
おかんはどうかな?
やっぱりデリカシーない?空気読めてない?
なんかずれてるんかな?
でもおかんの今の心境は、鈍感とはちと違う。
そんな話をしたいと思う。
50半ばにしておかんは思っている。
悩んだり真剣に考えたりするほど人生は深くないと、
最低限の欲求(生理的欲求・安心安全)以外はおまけ。
この年になると人付き合いも仕事もゲームみたいなもんかも。
遊びの約束や仕事のトラブルにワクワクドキドキはあっても心はそれ以上動かない。
命がけで育てた子どもがいろんな意味で遠くなっても
「ああ、そうか・・・そんなもんか」と思うくらい。
そんなに大袈裟に考えなくなる。
私がいなくても困らんのか…と寂しいけどそれも健全!と割り切れる。
所詮、人ひとりが出来ることなんて対してないのに、
たった一人の人を全部依存できる自世界の神みたいに
「居なくなったら生きていけない~!」っていうのも変な話だし、
どんなに頑張って自分の地位を築いたつもりでも
誰も他人のことなんていつまでも尊敬し続けたりしないし、
第一他人のことなんかろくに見てもいないのが現実だ。
若い頃、小説を読んだり映画を観て
恋人を失ったことを長年のキズになっている話に涙していたこともあったけど(セカチューね)
50を過ぎた今の自分はそんな話を思い返しながら
「年月が流れたら隣の国に行ってしまった人。昔いっしょに過ごした人。くらいの感覚になるんじゃないかなぁ」と
泣いたりなんかせずに無表情で想像したりする。
ただ・・・。
亡くした(もしくは無くした)その瞬間、衝撃で脳のバランスが崩れ、
時間軸やなんやかんやがクチャクチャになり
長い期間、なくした人のことを昨日のことのように悲しんだりまだ訪れてない未来を絶望したりするんやないかなと思うんだ。
時間が解決するとよく言うけど、
たぶんそれなりの時間を掛けて乱れを『修復する時間』をそんなふうに呼ぶのではないんかな。
不安、悲しみ、怠惰、惰性、
そんな負の感情はまるでホラー映画を観るような恐いもの見たさに似た魅力がある。
おかんも30~40代の頃、飲めないお酒を飲みながら苦しそうに生きていた時があった。
ビールの空缶を枕元で転がしながら歯もろくに磨かんで寝たせいで今になって高額歯科治療が必要な羽目になったし、加えて高血圧で目の病気(こちらも治療費高額)を抱えた。
その頃のおかんはろくでもない母親だったけど、
自分と子供の夢(のはずと信じていたもの)を叶えるため
毎日毎日毎日毎日働いて給料日を待つことしかできなくて、
ぐちゃぐちゃな自分を奮い立たせるために
迷いで止まってしまわないためにガソリン(言い方がおばちゃん)を注ぎ込んでた。
でも、実はそんな壊れかけてる時でさえ、おかんは壊れそうな人生を楽しんでた。
というか、壊れそうな人生に酔ってた。
「これぞ人生!」ってどっかで思ってた。
なんだか悪趣味みたいだけど、長い人生のどこに向かうのかわからない望洋とした時間。
刺激だって必要なのだと思う。
あえて刺激と言って考えを整理してみると
ホラー映画を消すようにそんな感情は自分で消すことだって出来るはずなんじゃないかな。
説明になっているか自信がないけど
「ぐ~っ」と呻いて苦しみながら泣きながら頭のどこかには冷静な部分があって
いつか不安は杞憂におわると知っている。
悲しみは薄れるとわかっているんだから。
「しんどいのをなかなか消せないな。わ~終わんないな~」と消せなくなっている時、
それは脳のなんかが混戦しててバグってるからなんじゃないんかな。
そんなとき『修復する時間』がどのくらいかかるかはわからないけど、
淡々と時を過ごし、
テレビを観て爆笑したり、買い物したりしてドーパミンぶち込んだり、
恋人や家族の愛で心をあっためたりしながら回復をのんびり待とうよ。
無責任でお気楽で酷い言い草かもしれないけど、
じゃあ、何の不安もない。
全くねたまないしんどいことも苦しいこともない
自分のことしか考えない人生なんて、魅力的であるはずがない。
何でも出来そうなPCだってそんな完璧さが魅力の全てじゃない。
バグったり壊れたりするから向き合い、使いこなしたいと夢中になる。
問題が起きるからこそ変わっていく(進化する)と信じてる。
人間だって悩むこと泣くこと絶望でバグることは当たり前。
人生の魅力的にすることだと考えておかんは楽しみたいと思うのだ。
若い頃はいろいろ悩むんだろうな、人生が長すぎて途方にくれるんだよね。
でも誕生日を迎えて思うのは人生はとっても短い。
おかんの年になると終わりが数えられるよ。
心配せんでもきっといつかおかんみたいに鈍感になって
人生の後半って悩まんなー
なんて考えるときが来ると思うんだよ。
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