離れて暮らしている娘がしばらく実家に帰るよ~と連絡してきました。
まあまあ遠方なのでコロナ禍ということもあって、約2年程帰っていません。
娘と言ってももう大人。
保護の対象ではなくなり、今ではアドバイス(というより怒られている(-“-))を滝修行のように全身に受けているおかんです。LINEや電話がスッと汗が出る恐ろしさ( ̄∇ ̄;)です。
「帰ってくるって~!」
と夫とプチパニック(;゚Д゚)。。。
なぜこんなに娘でパニくるのか?
それは娘の家族愛が半端ないからです。
家族の健康・知性や教養・趣味趣向・働き方etc.すべてに何事よりも興味を持ち、
叱られます(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
心配してくれているわけです・・・愛です・・・。
その娘が電話で言うことには、
「ケーキ作ってねー、長いこと食べてないから楽しみにしてる」
それを聞いて私は、
ケーキ・・・長いこと作ってないなぁ。出来るかなぁー。
と不安になりました。
子育て中の私はかなりの手作り狂でした。
若くてお金がない(年をとってもないですが)ということもあって、
あらゆるものを手作りしました。
私が結婚した頃には、もう雇用均等法が出来ていましたが私にとって結婚は=主婦でした。
子供が大きくなるまで働かないもんだと思っていたので夫の給料だけでローンを払い生活を営むためには、支出を減らすことが自分の役割だと考えていました。
もともと家事が好きな方だったので、子供の産着から自転車の風よけカバーまで有り余る時間を使ってセッセと作っていました。
同じように料理も手作り。市販のものや加工品はどうしても割高なので
「これって作れるんじゃないかな?」
ってものは作りました。
パン・おやつ・ジュース・ケーキも当たり前のように夕食後に仕込み、翌日に食べさせていました。

しかし、あまりに圧が強かったのか今になると子供たちは食が細い子に育ったような(*‘∀‘)気がします。
夫は食べなかったので影響なしです(ジャンクフードが大好き)(-“-)。
娘、ケーキ食べたいのかなぁ。
世の中にはもっと美味しいものがいっぱいあるのに。
そんなことを思ったのは、断捨離中に整理していた本を読み返していたからです。

角田光代さんの『薄闇シルエット』
一時、角田光代さんにドはまりし片っ端から読んでいました。
自分とよく似ている性質なのに自分と全然違う価値観。
それが新鮮で夢中になりました。読むことで視界が広がるように感じました。
『薄闇シルエット』の主人公の母親は手作り教の教祖で、主人公にとってそれがいかに嫌だったかダサくて押しつけがましくて鬱陶しくて大人になってからも帰省の度に出される手作りのショートケーキを苦々しく感じていたと書かれていて、
私は自分に言われたように傷つきました。
物語が続くと母親への愛情はちゃんと描かれていましたが、母親にとって手作り品の提供は自分の存在意義を維持する手段であったように主人公に捉えられていて、やっぱり全く救われませんでした。

母親は自分の存在意義や承認欲求のために子育てを使ったりはしないです。
生活するために必要だったから、
恥ずかしい思いをさせないためにお金を掛けられなくても良い物を持たせてあげたいから、
手作りのケーキを卑下しなくていいように市販のより工夫しようと頑張った
が、正直な思いです。
私は、私の努力で楽しく自分で自分を承認したい。
幸せな人生だと、ここが自分の場所であると確信したいと思います。
久しぶりにケーキをかー、
あの頃の思い出がよみがえるようにちゃんと美味しいケーキを作らないとな(*^。^*)
おかんの人生はおかんのものです

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